デブでアル中だけれども、頑張ってみるかな! 悲しき教育格差③

デブでアル中だけれども、頑張ってみるかな!

アルコール依存症と診断された日から、紆余曲折を経て回復の日々を綴る日記です。 アルコール依存症だけではなく、趣味やニュース、コラムについてもいろいろ書いていく予定です。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

悲しき教育格差③ 

私が埼玉県の高崎線沿いの市で育ったのは
前書いたと思う。
そこは私が子供の頃からまさに典型的な
「漫画やアニメの舞台になるような」町だった。
子供は集団登校をして、夕方は夕食になるまで
外で遊ぶ。公園が普通にあり、買い物には
遠くの量販店で車で買い物に行くこともあるが
たいていは近くのスーパーまで
歩いていくかもしくは自転車でいく。

私は小学生の頃はほとんど団地暮らしだった。
6年生の時に引っ越して一戸建てに移った。
いたって一般的な家庭環境、生活環境だった。
多少の貧富の差はあったかもしれないが
普通に団地の子供と一戸建ての家の子供が
遊んでいた。

親たち特に父親たちはいわゆる「埼玉都民」と
呼ばれる人間が多く、ほぼ全員の人間が
普通に標準語をしゃべっていた。
いわゆる関西なまりの人間さえいない
(これはちょと漫画の設定らしくないかもしれない
漫画には一クラスに一人は関西弁のキャラがいるから)
地方都市だった。

私は団地暮らしだったが、いわゆる団地御用達の
私立幼稚園があって、そこに普通に通った
(かなり大きくなるまで私は幼稚園というものは
誰もが行くものだと思い込んでいた)
ちなみにその幼稚園は「馬車通学」を
売り物としており、決められた日時に
馬車にのって通学し(毎日ではない)
お弁当持参であったが、教室を結ぶ
本当に小さなSL(電動式)が走って
おりやはり、一定の日時にはそのSLが
お弁当を教室に届けてくれるという
サービス?をやっていた。

私が通っていた頃は年長組と年少組だけだったが
弟(三歳下)が通い始める頃には
年中組も加わった。
いわゆる少子化の流れだろう。
私はいわゆる団塊ジュニアに一年
遅れて生まれた子供だが(1975年生まれ)だが、
弟が幼稚園になる頃には影響が現れていたらしい。

お習いごとが盛んで、塾に限らず
子供は何らかのお習いごとをするのが
普通であり、またそのための
選択は豊富だった。
私の場合は「エレクトーン」と
「柔道」だった。

人気ブログランキングに参加しています。
ポチッと押していただけると嬉しいです。
人気ランキングバナー

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト
[ 2008/09/13 00:44 ] ニュース | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
優れもののカレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


アッキーのプロフィール

Sobrietor:アッキー
現在34歳、サラリーマンですがアルコール依存症と適応障害で休職から復職に向けて努力中。趣味と生きがいを求めて日々探求の日々です。
いまのところは自分の文章をすこしでも多くの人が読んでくれて
コメントしてくれるのが生きがいです。


属性:アルコール依存症、適応障害、社会不適格者から回復中
願い:打ち込める生きがい、趣味
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブックオフオンライン


i-mobile
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。