デブでアル中だけれども、頑張ってみるかな! コメントを入れる司会者は良いのか悪いのか?

デブでアル中だけれども、頑張ってみるかな!

アルコール依存症と診断された日から、紆余曲折を経て回復の日々を綴る日記です。 アルコール依存症だけではなく、趣味やニュース、コラムについてもいろいろ書いていく予定です。

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コメントを入れる司会者は良いのか悪いのか? 

コメントを入れる司会者は良いのか悪いのか?を論じる前に
今日の中間施設でのミーティングの話をします。

6/18午前のミーティングはステップミーティングでステップ1でした。
私は以下のように発言しました。

ステップ1はまず自分のどうしようもない弱さを認めることを求められます。
そして過剰なプライドを捨てることを要求されます。
過剰なプライドは心のバリヤーとなり、人の意見、AAの教えが体に入るのを妨げます。
それを消すことによってそれらが体の中に入るのです。
しかし逆を言えば他人の意見を、周りの環境を受け入れやすいということは
逆の悪い影響も受けやすい状態でもあるのです。
だからこそステップ1を始めた初期の仲間はAAミーティングに出席を続け、
ギャンブルや酒場、その他の悪い影響を与えるところを
避けなければいけないのです。
とにかくミーティングに出ることが大切なのですと。


午後はテーマミーティングでテーマは「行動」でした。
私は以下のような発言をしました。
司会者は中間施設の司会者には珍しい「必ず各人の発言の後にコメントをつける人」でした。

AA行動は私はステップ6を実践することだと思います。
ステップ1、2、3はアルコール依存症であることを認めて、
偉大な力を信じて、そしてそれに心をゆだねる工程だと考えています。
そしてステップ4、5は自分の欠点を書き出し(たな卸し)てそれを認める工程です。
以上のステップ1~5は全て自分の頭の中でやること、
ないし机上のノートでやるものです。
ステップ6に「大人と子供を分けるステップ」、
「神の御姿になろうとする努力」、「不断の努力」とあるとおり
ステップ6から行動が求められるのです。
私はステップ6というのは自分の心に山を作るようなものだと考えています。
ステップ6における行動は誰に対して行っても構いません。
AA、中間施設、そして普段の生活において自分の欠点を認めて、
その上で善行をすればよいのです。AA会場の準備、片付けの手伝いをする、
困った人を助けてあげる、人に代わって何かをしてあげる。
何でも、誰にでもいいのです。「行動を求めるステップ」には
もうひとつステップ9があります。
このステップ9はステップ7で自分が過去迷惑かけた人と行動の表を作り、
ステップ8でそれらを認めて、そしてその埋め合わせの行動をするステップです。
つまりステップ6における行動が誰にでも、どこでやってもいいのに対して
ステップ9は迷惑をかけた人のところに行って、
罪を懺悔(ざんげ)しそして行動をもって埋め合わせをしなければいけないのです。
同じ行動を実践するステップでもステップ6と9や大きな違いがあります。

ステップ6は繰り返しになりますが心に山を作ります。
山を作る土は正しい方法で行えば自分の体から湧き出て
質量保存則に反することなく(心の中ですから)山を作ることが出来ます。
しかしドライドランクにおちいって間違った方法で山を作ろうとすれば、
やはり心に穴を開けてしまうでしょう。
私たちアルコホーリクは例外なく心に深い穴を持っています。
私たちの過去の愚行によりあけてしまった穴です。
ステップ9はそれを埋める行動を求めるステップです。
しかしAAメンバーにはステップ6と9を混同している人が実に多いです。
自分が過去迷惑をかけた人ではなく、AAや中間施設、
またメッセージとして病院にいって赤の他人に善行を施せば
過去の愚行の埋め合わせを出来ると思っているのです。
そういう人間は例外なくドライドランクにおちいっており、
自分の心に開いた穴が見えていません。

なぜ見えないのでしょう。自分の築いた山を見上げるあまり、
また山の影に隠してしまうためにその穴が見えないのかもしれません
(赤の他人に善行をしているだけで、
本来償いをすべき人にしてない行動を比喩しています)。
もしくは自分穴があることは知っていても、
それを直視するのが恐ろしくてステップ6だけを行うことだけで
目をそらしているのかも知れません。
もしくは自分がその山に登ってしまい、
下にある穴がかすんで見えなくなっているのかも知れません。
繰り返し言いますが同じ行動でもステップ6と9は違うのです。
ステップ9は遥かに勇気を要求されるステップであり、
決してステップ6で代用は出来ないのです。
ステップ9を行うために貴方はその穴に近づかなければいけません、
その穴を埋めるためにはステップ6で積み上げた山の土を
使わなければいけないでしょう。その結果必ずその山は低くなるでしょう。
貴方はやり方を間違いその穴に落ちるかも知れません。
貴方がもしその山に登っている状態だったら足場を失いその山から転げ落ち、
更にその穴に落ちるかも知れません。
だからこそステップ9は遥かにステップ6より困難な「行動」なのです。



私の言いたいことが解っていただけたでしょうか?
赤の他人に善行をするのはたやすいことです、
彼らは自分に何の恨みも偏見も持っていないのですから
その善行を素直に受け取ってくれるでしょう。
貴方はそれによって満足を得て心に山を作ります。

しかし過去飲酒によって迷惑をかけた人に善行をする(罪を償う)
ことはるかに難しいものです。
彼らは貴方に偏見を持っているかも知れませんし、
AAの教えによって改心したこと自体信じてないかも知れません。
また顔も見せるなと言う人もいるでしょう。
そういう彼らに「行動」を実行するのは遥かに難しい行為です。
AAに出ていると、単に会場の準備を積極的にしたり、
「仲間」に積極的に親切にしているだけで心の山をだけを高くして
過去の埋め合わせをしようとしない人間が実に多いことに私は驚かされます。
彼らはそのステップ6の行動が過剰なあまりに
まず例外なくドライドランクに陥り、「仲間」のたな卸しまでもしようとします。
人の行動を非難するのです(けちをつけるとも言う)。
ソーバー(断酒期間)が自分より短い相手にそれを行うとき、
彼らは例外なく「君より少しはソーバーが長いけど」
という言葉をつけます。AAは断酒暦の長さによって
上下を作らないという原則を無視しているのです。

少し長くなりましたが、結論を言います。
司会者がコメントをつけるのは私としてはOKです。
司会者をやるような人が間違いなくステップの実践をやっていることは認めます。
しかしステップ6だけをやり9をやらない、独善的な行いしかせず
過去の埋め合わせをしてない人の言葉には魂が宿りません。
そういう人にコメントを入れられてもわずらわしいだけです。
加えて彼らから学んだことは良い(司会者+ファシリテーター)は例外なく、話が短いです。
逆に長々と自分の話をしてかつ、コメントまでも長い人にまず良い進行役はいません。

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[ 2008/06/18 22:12 ] アルコール依存症 | TB(0) | CM(0)
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アッキーのプロフィール

Sobrietor:アッキー
現在34歳、サラリーマンですがアルコール依存症と適応障害で休職から復職に向けて努力中。趣味と生きがいを求めて日々探求の日々です。
いまのところは自分の文章をすこしでも多くの人が読んでくれて
コメントしてくれるのが生きがいです。


属性:アルコール依存症、適応障害、社会不適格者から回復中
願い:打ち込める生きがい、趣味
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