デブでアル中だけれども、頑張ってみるかな! 私の保険論①

デブでアル中だけれども、頑張ってみるかな!

アルコール依存症と診断された日から、紆余曲折を経て回復の日々を綴る日記です。 アルコール依存症だけではなく、趣味やニュース、コラムについてもいろいろ書いていく予定です。

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私の保険論① 

8月からは本格的な
フルタイムでの仕事になる。
通院日を除いて特別な
理由がない限りは普通に
定時に出勤して退勤する。

直接の上司もなにか仕事を
用意してくれると言ってくれた。
する仕事はたくさんあるけれど
なにから手をつけてよいのか?
というところもあって難しいのかもしれない。

そもそも上司からしたら
私が何が出きるのか?
というところもあるだろう。
私になにができるか・・・・。
ネットでしていされた分野の
(無料の)情報を収集してくる
ということだったらできるのだが・・・・。

閑話休題、先日の最後の調整日
(会社の仕事になれるため
もらっている休み)を7月29日に
水曜日にもらった。
その日に引越しでやり残していた
ほぼ唯一の仕事である
各保険の住所変更の手続きを行った。

私は保険は医療保険
(掛け捨ての損保ジャパンの
Dr.ジャパン)と個人年金に2つ、
あと個人介護保険1つに加入している。
生命保険は独身なので
これまで掛けてこなかったのだが
私が今住んでいる県は、住んでいる
住民しか加入できない非常に便利な
県民救済がある。
母にしきりに加入することを
勧められているので、重い腰を
あげたというわけだ。

私は既往歴があるので
それは大丈夫かと尋ねたところ
まずは既往歴があることだけを
申告して申し込み、
それから詳しい話を
共済の人として、その過去患った
病気を保障外にする契約をすることによって
申し込める可能性があるとのこと。
私の場合は急性膵炎とアルコール依存症に
なるのだろうか・・・・。

さて上記にずらずらと並べた通り
私は結構「保険」という名前のものに入っている。
個人年金だって「年金」という名前はついているが
その実態は「保険」であり、
国民年金、厚生年金で生活費が賄えなかった
場合の備えである。
ここを参照にしていただきたいが
年末調整では税の控除を受けることもできる。

自分が任意で払っている保険額は
月3万5千円強になる。
今はパラサイトシングルしているので
払っていないが車を持っていて
賃貸アパートに住んでいた頃は
それらの保険料も払っていた。

さらに給料から天引きされる
健康保険、厚生年金、雇用保険等々の額を
合わせれば私の月々の支出の大部分は
「保険」が占めているといって
過言ではない。

しかし私はそれらの保険料を高いとも
勿体無いとも感じたことはない。
心を患う前からそうである。

さてフリーターとか
若い自由業者の中には十分な
収入がありながら国民年金や医療保険を
支払わない不届き者が増えているという。
もちろん収入がなくて払えないという
人までは(そんなに)責めるつもりはないが。

私個人の考え方としては
収入から住居費、食費などの
最低限度の生活費を差し引いて
余るのならば、そのお金は
真っ先に国民年金と医療保険に
当てなければいけないと思っている。

もし収入が少なくないならば
生活費は健康な生活を送れる
最低限度まで切り詰めるべきだし
遊興費には一銭も使わない生活態度で
払うべきだ
(頭を使えばお金をかけなくても
生活は健康的に楽しめると思う)。
もちろんギャンブルをしていて
払えないは論外である。

なぜ私はそう思うのか?それは保険というものに
対する私の強い信念があるからだ。

「子殺しをするのは人間だけだ」
「同じ種類の動物で殺し、傷つけあうのは
人間だけだ」、「無駄な殺生をするのは人間だけだ」
いう文章を目にすることがある。
大抵はその「人間だけがすること」というものは
「悪いこと」であり、万物の霊長たる人間とは
いっても結局は愚かなことをしているでは
ないではないか!という文脈の文章に
みられる表現だ。

しかしその「愚かなこと」とは大抵の
場合はそれを書いた人間の無知に基づくもので
子殺しをする、同種族で異種族で
無意味に、愚かに傷つけあう
人間以外の動物は数え切れない。

しかし「人間しかやらない」と
胸を張って言えることが少なくとも一つだけある。
それはその社会システムに
「相互扶助」を組み込んでいることだ。

相互扶助とは広い意味があるけれど
この場合は「不慮の事故、病気などで
働くことが不可能になった場合、それを助け合う」
という意味に限定させていただこう。
お互い助け合ったり、幼い子供を助けたりとかする
動物は数が多いだろうが、老齢になったり怪我、
病気で動けなくなった仲間を助ける動物は
寡聞にして聞いたことがない。
群を作る動物だったらある程度は
その機能が社会システムに
組み込まれているかもしれないが
それは副次的なものだろう。

年金は年をとって働けなくなった時のため、
医療保険は病気、怪我のため、名前は違っても
保険とはそういう意味合いを持つものだ。
心身に限らなくても、火災保険、地震保険は
もしそれらの保険の加入者のなかで
被害にあった人がいたら、遭わなかった人の
積立金で助けてあげましょうという
性質のものである。

これぞ万物の霊長たる人類が産み出した
どのような文明の利器にも勝る尊いもので
あると私は考えている
(MASTERキートンっていう漫画の1話を見ると
保険の発祥はギャンブルからだって
学説もあるらいいけれど・・・・)。
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医療保険を忌避する理由と言うものは
金銭的困窮以外はあまり聞かないが
(おれは病気や怪我に遭わないという
愚論を除いて)、国民年金を払わない
理由として聞くのは「支払った年金よりも
戻される年金の方が少ないから」とか
もっとすごいのが「俺はその年まで
生きそうにないから」というものまで
いろいろある。

一見正しそうに見えるがいろいろな
意味で間違えている。
まず保険と言うものは金持ちではなく
貧乏人のためにあるものだ。
本当のお金持ちであれば保険なんか
入らなくても自分の医療費ぐらい
払うことができる。
その他の損害も同様だ。
もし不慮の自己にあった場合自分の
財力、能力だけで回復不能な人間こそ
保険に遊興費とかを犠牲にしても
入らなければいけないのだ。
もしその余裕があり、その保険が
あることを知っていながら
加入しないでいたのならば
当然そのペナルティは負うべきだ。

つぎに国民年金で今時点では年齢が
高い人ほど還元率が高いというのは
本当であろう。しかしそれは忌避の
理由としていいのだろうか?
「年金」という名前から矮小して
捉えられることが多いようだが
実際には国民年金とは怪我をして
働けなくなったらそれを保障してくれる
障害基礎年金 (障害保険)や
遺族基礎年金 (生命保険)の役割も持っている。

国民年金に支払うよりも、自分で
貯金や投資などで運営していたほうが
お得だと考えている人間はもし自分が
まだ若くて、貯蓄もろくにないうちに
怪我や病気で働けなくなったら
どうするつもりなのか。
見捨てられて飢え死にする覚悟なのだろうか?

おっと続きは家にかえってから・・・・・・。

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[ 2009/07/31 12:55 ] 仕事について | TB(0) | CM(0)
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アッキーのプロフィール

Sobrietor:アッキー
現在34歳、サラリーマンですがアルコール依存症と適応障害で休職から復職に向けて努力中。趣味と生きがいを求めて日々探求の日々です。
いまのところは自分の文章をすこしでも多くの人が読んでくれて
コメントしてくれるのが生きがいです。


属性:アルコール依存症、適応障害、社会不適格者から回復中
願い:打ち込める生きがい、趣味
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